社長の熱量はどこから来るのか ~ 195円で始まった町工場の話

こんにちは。株式会社ICUの川島です。

会社をやっていると、ふとした瞬間に「最近、自分の仕事に対する熱が冷めているかもしれない」と思うことはないでしょうか。創業のころはあれだけ夢中だったのに、今は時計を見ながら仕事をしている自分がいる。社員と同じ感覚で日々を過ごしている気がする。

こんなご相談がありました。

「最近、自分の仕事に区切りをつけている感覚があって、創業のころのような熱量が戻ってきません。」

結論からお伝えすると、社長と社員の決定的な違いは、勤務時間が決まっていないことです。1日8時間、週40時間という枠で測られる仕事ではありません。だからこそ、自分が情熱を注げているかを定期的に問い直す必要があります。

社長は時計で測られる仕事ではない

社員には労働時間という枠があります。8時から17時、月に160時間。会社はその枠の中で成果を出してもらうために仕組みを作ります。一方、社長にはその枠がありません。これは「もっと長く働け」という話ではなく、時間で測らない仕事の仕方をしているという意味です。

中小企業の社長が会社を引っ張れるのは、好きな仕事に夢中になっているからだと思います。夢中だから時間を忘れる。楽しんでいるから苦にならない。逆に言うと、自分の仕事を好きだと思えなくなった瞬間に、社長としての強みは薄れていきます

195円で始まった町工場

創業のころの熱量とはどんなものだったか。よく知られた一例を引いてみます。

1918年3月、23歳の松下幸之助は大阪の借家で電気器具の製造を始めました。家賃は月16円50銭、二階建ての小さな家。一緒に働いたのは22歳の妻むめのと、15歳の義弟・井植歳男の3人。元手は手元の95円と友人から借りた100円。たった195円のスタートでした。

最初に作った改良ソケットは、10日間大阪市内を歩き回っても100個しか売れず、売上はわずか10円。生活費にも困る日々が続きます。妻のむめのは嫁入りの指輪や着物を質に入れて事業資金を作り、銭湯代まで底をついたときには「見てほしい品物がある」と夫に話しかけ、その隙にお湯を沸かして「行水でもどうか」と声をかけたといわれます。夫の仕事への集中を、家庭から守り続けたのです。

それから14年後の1932年、松下は168名の社員の前で「水道の水のように、良質なものを安く大量に供給し、人々の暮らしを豊かにする」という使命を宣言します。今のパナソニックは社員約20万7千人、売上は8兆円を超えます。195円から8兆円。この距離を埋めたのは、若き社長の熱量でした。

熱量が落ちたと感じたときに

熱量は気合では戻りません。確認したいのは、自分が今どんな時間の使い方をしているかです。義務感で動いていないか。やらされ感で時間を埋めていないか。

まず思い出してほしいのは、創業期に一番嬉しかった瞬間です。お客さまから初めて「ありがとう」と言われた日。注文が一件決まった夜。社員が初めて入ってくれた朝。そのとき自分はどんな気持ちで動いていたか。創業したころの自分が今の自分を見たら、何と言うでしょうか。

そして今日できることはひとつだけです。スケジュール帳を開いて、自分が一番好きな仕事の時間を増やしてください。雑務に追われすぎていれば、人に任せる。好きな仕事を後回しにしているなら、午前中の元気な時間に持ってくる。情熱は、好きな仕事に触れる時間を増やすことで自然に戻ってきます

好きな仕事に時間を使う

社長の仕事は、時計で測るものではありません。自分の好きなことに、自分の時間とエネルギーを注げているか。それが原点です。松下幸之助も最初から世界企業を作ろうとしたわけではなく、目の前の仕事に夢中になり続けた結果、195円が8兆円になっていったのだと思います。

創業のころを思い出して、張り切っていきましょう。